
ピロリ菌除菌は無意味?
2016.12.28
「ピロリ菌を除菌しても意味がないどころか害が増える」という意見がアマゾンのレビューやその他ネット上に時折散見されます。この意見に対する我々の医学的見解を以下に述べさせていただきます。
1.ピロリ菌が胃がんの原因であることはWHOが認めている。
WHOは3つの大規模疫学研究の結果から1994年にピロリ菌をGroup1の発がん物質(人に対する発がん性が認められる。他にアスベスト、肝炎ウィルス、タバコなど)として分類し、2009年にも再確認しています。また、2014年には胃癌の78%、非噴門部胃癌の89%がピロリ菌に起因するものであり、除菌治療で30-40%の胃癌予防効果があると報告しています。
2.海外のデータは日本に適応できない
人間に人種があるようにピロリ菌にも菌種があります。東アジア株と言われる日本のピロリ菌は欧米の菌に比べ毒素の産生が多く、他のピロリ菌と比較して胃がんを発症させる力が遙かに強い菌です。このように菌種が異なるため、海外のデータを日本に当てはまることはできません。また、間違った解釈をしていることがあります。例えば、2014年のイギリスの権威ある医学誌「British Medical Journal」に載ったレビューでは胃がん発生は除菌で34%減少し、胃がんでの死亡は33%減少、胃がん以外での死因を含めた総死亡では9%増加していました。この中で有意差があったものは胃がんの発生率だけで、胃がん死亡と総死亡では有意差がでていません。つまり、この論文では「ピロリ除菌で胃がんの発生は減るが、胃がん死亡と総死亡が減るかはわからない」との結論です。「除菌した人の方が全体の死亡は増える」というのは誤りです。またコクランレビューといった権威あるレビューでの結論でも「除菌はアジア地域での健康で無症状な人の胃がんリスクを減らすが、他の地域ではわからない」といったものとなっています。最も信頼度の高い除菌する群と除菌しない群をランダム化して行うランダム化試験でも、それらを複数集めて検討したメタ解析でも、除菌による胃癌予防効果が示されています。また、中国で2000人以上が参加したピロリ胃炎患者に対するランダム化試験では55歳以上では胃癌罹患率だけではなく、胃癌死亡率も非除菌群に比較して有意に減少したことが報告されています。すなわち、日本、朝鮮半島、中国やシベリアの東部など東アジア株のピロリ菌が多く感染する地域では、除菌による胃癌予防効果は認められるが、その他の地域では胃癌リスクが低いため有意差が示されていない、ということになります。
3.除菌によるデメリットよりメリットの方が大きい
除菌によるデメリットとしては抗生剤による副作用や逆流性食道炎の増加、食道腺がんの発生、喘息やアトピー性皮膚炎の増加、などが言われています。抗生剤による副作用は軟便や軽い下痢などが10%程度に認める以外には1%以下の副作用として蕁麻疹など薬剤アレルギーなどが知られています。しかし、2000年に保険適用されて以来、数百万人以上に行われている治療で有り、特別に危険な治療ではありません。逆流性食道炎は除菌により変化しないひと、改善するひと、悪化するひとがおり、有意な増加は示されていません。除菌による胃機能の正常化により、一時期胃酸分泌過多がおこり逆流性食道炎が悪化する例もありますが、その場合も治療に反応するため、逆流性食道炎を理由に除菌を躊躇する必要がないことはガイドラインにも明記されていります。食道がんの発生に関しては、日本で殆どを占める扁平上皮癌については、むしろピロリ菌感染による萎縮性胃炎がリスク因子とも言われています。一方、胃酸逆流による食道腺癌の増加については除菌による増加は否定されています。喘息などのアレルギー性疾患に関しても除菌治療との直接の因果関係を示したものはなく、慢性感染症の減少や公衆衛生の向上などにより増加していることが示されているものです。除菌治療によって増加するものではなく、若年者胃癌も含め、胃がんになることと比べればどちらが重要かは明白です。
以上、ピロリ菌が胃がんの原因であり、除菌で胃がん発生が抑制されることが示されており、除菌により胃がん死亡が抑制されることも大規模ランダム化試験で示されています。自分や愛する家族の胃の中に胃がんを引き起こす細菌が生息しているとしたら、そしてその菌を除菌することが保険でできるとしたら、そのままにしておく人はまずいないのではないでしょうか。ネット上には様々な情報が氾濫していますが、情報の発信者、ソース、論拠となる論文やエビデンスの見極めなど、情報の受け取り手側のリテラシーも同時に高めていく必要性が今後ますます高まっていくのではないかと思います。
参考