
大場大医師のブログに対する当協会の見解
2017.01.14
1月5日付の大場大医師による「大場大のブログ”セカンドオピニオン”」(http://masaruoba.hatenablog.com/entry/2017/01/05/182837)に当協会も監修として関わっている「むだ死にしない技術」(マガジンハウス)の内容に関する言及がありました。下記に当協会としての見解を記載致します。
「堀江氏の言う ‘胃がん’ とは、おそらくは限定された胃がん、すなわち内視鏡で切除適応となっている早期胃がん (分化度の高いサイズの小さなもの) のことでしょう。それを調べたら、約99%にピロリ菌感染を認めたとする報告から引用されたのだと思います (Helicobacter 2011; 16: 415-419)。」
引用された論文(Helicobacter 2011; 16: 415-419)の胃がんは、半分(1519/3161)が手術症例で、内視鏡切除、外科手術共に未分化がん(分化度の低いもの:一般的に悪性度が高いと言われているがんです)も含んだものであり、分化度の高い早期胃がんだけではありません。
「実際に、数多あるネズミを使った動物実際でも、ピロリ菌のみで胃がんが発生するモデルなんて見聞したことがありません」
ピロリ菌のみで砂ネズミに胃がんを発生させた論文は世界に先駆けて日本から出され、当時は学会でも大きな反響をよびました。その後も、同じモデルを用いた論文が複数出されています。以下は代表的な論文のリストですが、分化型胃がんだけではなく、ピロリ菌感染のみで未分化がんも発生しています。
Watanabe T, Tada M, Nagai H, Sasaki S, Nakao M. Helicobacter pylori infection induces gastric cancer in mongolian gerbils. Gastroenterology. 1998 Sep;115(3):642-8.
Development of Helicobacter pylori-induced gastric carcinoma in Mongolian gerbils.
Honda S, Fujioka T, Tokieda M, Satoh R, Nishizono A, Nasu M. Cancer Res. 1998 Oct 1;58(19):4255-9.
Development of poorly differentiated adenocarcinoma and carcinoid due to long-term Helicobacter pylori colonization in Mongolian gerbils. Hirayama F, Takagi S, Iwao E, Yokoyama Y, Haga K, Hanada S. J Gastroenterol. 1999 Aug;34(4):450-4.
「全体をみるとピロリ陰性の胃がんも少なくありません。」
先の論文(Helicobacter 2011; 16: 415-419)からもピロリが関連無いものは0.6パーセントでピロリ菌陰性の胃がんはほとんどありません。また、2014年のWHOの報告では世界の胃がんの78%、非噴門部胃がんの89%がピロリ菌によるものと公表しています。
「では、われわれ健常人を対象にした場合はどうでしょうか。2,258人のピロリ陽性被検者を対象に、除菌 vs 非除菌 を比較したランダム化試験があります (J Natl Cancer Inst 2012; 104: 488-492)。15年間追跡した結果、除菌した1,130人のうち34人(3%)に胃がんが発見されました。一方で、非除菌の1,128人のうち52人(4.6%)に胃がんが発見されました。結果、除菌によって39%の胃がん発生リスク減につながったという報告です。翻ると、除菌予防効果はこのレベルの話だということです。そして、「むだ死に」とはいいますが、胃がん死亡率の比較でみると除菌による有用性は認められていません。」
この論文は大規模ランダム化試験であり最も信頼のある手法です。55歳以上では胃がん死亡率も有意に減少しています。ピロリ菌感染は多くは5歳頃までに起こるため、除菌を行う年齢や胃粘膜の萎縮(胃の壁が薄くなることで炎症が長期間続くと生じます)の程度、つまり胃がんリスクによって除菌による効果は当然変わってきます。そのため、対象者の胃がんリスクが小さい集団ではより多くの対象者で長期間観察しないと有意差が得られません。そのため、無症状のピロリ菌感染胃炎を対象にした除菌による胃がんリスク減少効果を論ずるには1つの論文ではなくメタ解析(複数の論文の結果を統合して評価する手法。最も信頼性が高いと言われています)の結果を参考にすべきです。代表的なものにBMJ 2014;348:g3174とGastroenterology. 2016;150(5):1113-1124.がありますが、前者では34%、後者では38%の胃がん発生率の低下が有意差をもって示されています。3~4割の胃がんが減るのであれば決して低い数字ではありません。
「正確には、胃がんにピロリ菌感染が多く認められ、ピロリ菌は胃がん発生を惹起するための ‘相関関係’ にあるとはいえますが、’因果関係’ ではない というのが個人的見解です。」
WHOは3つの大規模疫学研究の結果から1994年にピロリ菌をGroup1の発がん物質としましたが、前向き研究がないということが問題視されました。その後の研究で前述のようにスナネズミにピロリ菌感染単独で胃がんが発生し、その胃からピロリ菌が分離されたことや、有名な上村論文(Uemura N. et al.:N. Engl. J. Med.,345(11),784-789,2001.)の前向きコホート研究でピロリ菌感染者からのみ胃がんが発見されたことが示されました。すなわち、ピロリ菌によって胃がんが発生する、という因果関係は既に科学的に証明され、2009年にはWHOが再確認しています。さらに東アジア株と言われる日本のピロリ菌は欧米の菌とは比較にならない毒性の強い、胃がんになりやすい菌株が殆どであることがわかっています。
「全胃がんの原因が感染症であることが前提となっている時点でこのデータは恣意的で信頼に値しません。」
全てのがんや疾患と同様に、胃がんの原因にも当然ピロリ菌以外の喫煙や食生活、遺伝などの影響があります。しかし、先の上村論文の結果からも胃がんになるのはピロリ菌感染症であることが前提となっています。ピロリ菌による胃がん発がん機序は放射線による発がんと同様にDNA二重鎖を壊すとの報告やAIDという遺伝子改変酵素やメチル化異常との関連などがんの原因となりうる数多くの証拠が示されています。